第三話 「Scorpion 凸 Rock」(2004.8.22)


『ピンポーン、次は、関前三丁目、関前三丁目、武蔵野東第一幼稚園入口でございます』(註15)
 車内放送がバスの天井に付いているスピーカーから流れる。
「ちょっと、何で私までバスに乗らなきゃいけないの!? 私の家は逆方向なのよっ」
 ぶつぶつと文句を言う由乃。
「仕方ないでしょ、由乃さんがあんなところで啖呵を切るんだもの。とりあえずマスコミから逃げるにはこうするのが一番なの」
 祐巳が呆れたように由乃に言う。
 ここは関東バス・武蔵野営業所所属の3扉車(註16)の車内。
 今、車内にいるのは祐巳・祥子・由乃・志摩子・乃梨子・可南子。それとリリアンの一般生徒が10名ほど。
 先程由乃がマスコミに対して、いや、横綱播磨灘に対して堂々と対決宣言をしてしまったので、慌てた祐巳たちが彼女の首根っこを引っ張って、丁度「リリアン女学園前」の停留所で客扱いをしていたM駅行きの関東バスにねじ込んだのだ。ちなみに定期券を持っていない由乃の分の運賃は祐巳が払おうとしたが、それを見た可南子が「祐巳さまがそんなことをする必要はありません」と無理矢理払った(註17)。
 現在車内の最後部席周辺は山百合会のメンバーのうちの5人+1人によって占拠されている。知らない人が見たら別に何とも思わないだろうが、知っている者が見れば錚々たる光景である。
「しかし、これから一体どうすればいいのかしら?」
 志摩子が不安げに呟く。バスが赤信号で停車する。
「ぁぃ、停止信号でぇす、少々お待ち下ぁさぃ…」
 年配の運転士がアナウンスする。
「とりあえずどこかで落ち着いて会議をするべきではないかしら? 山百合会としても色々対策は講じる必要があるわ」
 先程中年のオヤジレポーターに詰め寄られた祥子が、どこか冴えない顔で提案する。やはりただでさえ男性恐怖症の彼女が、あんな形で取材など受けたら気も滅入るはずだ。
「とは言っても、適当な場所があるでしょうか? ここまできてしまった以上薔薇の館に戻るわけにも行きませんし、誰かの自宅にお邪魔するとなると、もしそこがマスコミに突き止められたりしたら今後すごいご迷惑が掛かりますよ?」
 と、相変わらず冷静で建設的な意見は乃梨子のもの。可南子もそれに同意し、
「そうですわね。自宅まで後をつけられたら気分悪いですものね」
 お前が言うな。
「うーん」
 妙案の出ない山百合会。
「えぇ、発車しまぁす…」
 エンジンの回転が上がり、バスが動き出す。今祐巳たちが乗っているのは関東バス名物のオートマ車。やはりマニュアル車に比べると加速・減速時の揺れ具合がどうも気持ち悪い(註18)。もっとも彼女らは自分たちが乗っているバスがマニュアルかオートマかなんて気にしていないだろうが。
 さておき。
 バスがバス停数本分通過したところで急に。
「じゃあさ、カラオケ行こうよカラオケ! 密談をするには丁度いいじゃないカラオケボックスって」
 ことの元凶である由乃が無責任な提案をする。
「え!? 学校帰りにカラオケなんて…」
 祐巳がたじろぐ。そう、彼女らはそこら辺のおつむの緩い女子高生ではない。あの『リリアン女学園』の生徒なのだ。いくら姉妹制度のおかげで校則が他の私立女子校に比べ厳しくないとは言え、下校時にカラオケなどというのは、本来望ましくない。
「何言ってるの祐巳さん! こういうのはパパッと決めないとダメよ、えいっ!」
 ピンポーン。
 窓の外にカラオケ屋を発見した由乃が、何のためらいもなく降車ボタンを押してしまう。
『次、停まります。車が停まるまで、そのままでお待ち下さい』
 音声合成による放送が流れる。
「なっ! もう由乃さんたら…どうします、お姉さま?」
 祥子にお伺いを立てる祐巳。
「本来だったらやめるべきなんでしょうけど、今回ばかりは仕方ないかしら…」
 妙に弱気。ダメージが回復しきっていないらしい。そうこうしているうちにバスが停留所に停車した。
 キンコーン、キンコーン。
 ブザー音と共に、三つある扉のうち、最後部の引戸ががらりと開いた(註19)。

 わらわらわら…、と6人はバスを降りる。
「あ、由乃ちゃんじゃない。祥子に志摩子に祐巳ちゃんも…、久しぶりね」
 丁度6人がバスを降りたところに通り掛ったのは、お凸も眩しい元・黄薔薇さまこと、現在芸大一年生・鳥居江利子だった。
げ、江利子さま…
 由乃がぼそりと呟く…。
「ん? どうしたの由乃ちゃん? あ、そういえば妹は出来たのかしら? …もしかしてそっちにいる子?」
 由乃の呟きが聴こえたのか、いやらしい口調で問い掛ける江利子。そして、初対面であるおかっぱ頭の少女を見る。
「あ、彼女は私の妹の二条乃梨子です」
 志摩子が慌てて紹介する。
「初めまして、一年椿組の二条乃梨子です」
 乃梨子が深く頭を下げる。
「ああこの子がそうなの…。こちらこそ初めまして。鳥居江利子です。ご存知かもしれないけれど、黄薔薇さまこと支倉令の姉です」
 わざとらしい自己紹介をする江利子。あえて「姉でした」と言わず「姉です」と言う辺りにも由乃への牽制の意図が満々。
「じゃあ、そっちの背の高い子? 名前は?」
 と、今度は可南子を見る。
「初めまして、細川可南子と言います。でも私は別に誰の妹でもないんです。ただ善意で祐巳さまたちのお手伝いをさせていただいているだけです」
 その善意で結構な数の人が迷惑を被ったことも事実だ。
「……ささ、行きましょみんな」
 これ以上関わると碌なことがないと思ったのか、友人たちをカラオケ屋に押し込めようとする由乃。
「わわ、由乃さん!?」
 急に背中を押されびっくりの祐巳と志摩子。
「ねえ由乃ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 とん、と由乃の肩に手を置き、ドスの効いた声で江利子。
「な、なんでしょう?」
 少し振り返り、冷や汗を垂らす由乃。いつもイケイケ青信号で、そうそう怖いものなどなさそうな彼女だが、江利子相手にがっぷり四つはやはり分が悪いようだ。というより既に腰が引けている。
「昨日のテレビ観たんだけどさ…」
「やっぱり…」
 横で祐巳が呟く。
「令に電話で詳しい話を聴いてもなかなか要領を得なくって…やっぱりこういうことは由乃ちゃんに聞くのが一番よね…」
「うあああああ…」
 スッポンの江利子・覚醒。
 面白いと思ったら絶対に離さない。満足するまでひたすらがぶり寄る。全盛期の琴風もびっくりだ(註20)。

 で、カラオケ屋の108号室。
「とりあえず来たからには少しくらい歌わないとね。あ、今日は私のおごりだから心配しないでいいわよ」
 妙に上機嫌な江利子。
 まあ、祐巳たちとしては「卒業した先輩に誘われたのでカラオケに行きました」という口実ができたので文句も言えないのだが。
「あーあ、こんなことならカラオケ行こうなんて言わなきゃ良かった…」
 ぼやく由乃。
「と言うより今日の由乃さまの行動はかなりぼてぼてですよ」
 乃梨子の冷たい一言。
「それじゃ、歌いまーす♪」
 そんなことは気にも留めず、江利子が立ち上がる。


『そんな姉妹(スール)のひとりごと』(註21)

こちらのお寺は 初めてだけど 
タクヤ君の 紹介で 
幽快の弥勒を 観に来たの
仏像を観に来た はずなのに 
人の顔ばかり 見ているの
そんなスールの ひとりごと

身体に毒だわ 根の詰めすぎ 
祐巳さんは タヌキ顔 
クマが出来れば アライグマ
安来節でも 踊ったら 
お姉さまにも ウケるでしょ
そんなスールの ひとりごと

車で送ると 言われたけれど 
聖さまの 運転は 
この世の恐怖と 有名よ
ギンナンの匂いが 私まで 
うつってしまうわ あらいやだ
そんなスールの ひとりごと

妹にロザリオ 返されたのよ 
令ちゃんは ヘタレなの 
お凸と内弁慶の 板ばさみ
ちょっと強気に出てみても 
逆らえないから ヘタレなの
そんなスールの ひとりごと


「…満足ですか?」
 額に血管を浮き出させながら由乃が訊く。色々癇に障る部分があったようだ。
「もう一曲いいかしら?」

ピッピッと番号を入力し始める江利子。


「Scorpion Death Kanako(註22)」

可・南・子 背後から
可・南・子 忍び寄る
可・南・子 ワンレンで
可・南・子!!

お前の後ろに 黒い影が
179センチの ストーカーがっ!!


江利子が気持ちよく歌っているところで…。
「いい加減にしてください!」
 とうとう全員に止められる。
「えー、いいところだったのに」
 つまらなそうな顔をする江利子。
「色んなところから苦情が来ますよ…こんな歌…」
 乃梨子が警告する。
「しょうがないわね…では由乃ちゃん、そろそろ詳しい話を聞かせてもらいましょうか…」

「うっ…」
 獲物を捕えた獣の眼。
 江利子の尋問はかれこれ一時間以上に上った…。


註釈


註15:リリアン女学園前こと、「武蔵野女子学院前」からM駅(三鷹駅)方面行きの関東バスに乗ると最初に通過するのがこの「関前三丁目」。

註16:関東バスといえばツーステップの3扉車。しかし同社は今年度中に40台以上の新車導入を計画しているらしく、3扉車の全滅もそう遠くない未来に訪れる。

註17:バスの乗降口付近は詰まりやすいので運賃の支払いは速やかに済ませましょう。

註18:日本の道路状況・交通状況を考えると、やはりバスはマニュアルが望ましい。「運転士の疲労軽減」を目的としてオートマ車を導入するバス会社が多いが、実際のところ現場での評判はあまり良くないようだ。

註19:関東バスといえば、降りるときは一番後ろの扉から。また普通、路線バスの中/後扉の開閉ブザーは「ブー」とか「プー」だが、関東バスにはこのようなチャイム音を出すブザーを搭載した車輌が多い。

註20:大関・琴風豪規(現・尾車親方)のこと。大怪我で幕下に転落したものの、不屈の精神で幕内に返り咲き大関の座を射止めた。
得意技はがぶり寄りで、一度相手のまわしを掴んだら土俵の外に出すまで絶対に離さなかった。

註21:大関・増位山太志郎(現・三保ヶ関親方)の名曲「そんな女のひとりごと」が元歌。増位山は現役時代、数々のレコードを出しヒットさせたが、この曲はそれらの中でも代表的なもの。どんな歌かは実際に聴いてみて欲しい。ちなみにこの替え歌は原曲と同じような韻を踏むことを意識しているので若干文脈のおかしい詞もあるが御了承頂きたい。
なお増位山は当時史上初の二世大関で、内掛けなどの足技で鳴らし、また歌や油絵など趣味も多彩な、まさに「花のある力士」だった。しかしTBSラジオ「コサキンDEワァオ!」内では「スケうま(スケベでうまい)歌唱法」とか「コスケベ大関(ドスケベではない)」とか「エロチカ親方」とか散々な言われよう(笑)。そりゃそうだ。国技大相撲の大関なのにどういうわけか出す歌出す歌、「そんなナイトパブ」だの「そんな夕子にほれました」だの「けい子(相撲の稽古と掛けたのか?)」だの、まあことごとく女の歌か夜の歌ばっかりなんだもの(汗)。

註22:SEX MACHINEGUNSの「Scorpion Death Rock」が元歌。グループ自体は既に解散してしまっているが、この曲も実際に聴いてみて頂きたい。
ちなみに応用で「可・南・子」の部分を(元々は「さ・そ・り」だが)、「ド・リ・ル」とか「オ・デ・コ」、「ツ・タ・コ」などのバージョンも出来る。マリみてファンのオフ会などでカラオケに行かれる際は「そんなスールのひとりごと」と共にお試しあれ。なお、「そんなスールの…」はフルコーラスの替え歌製作に成功したが、こちらはサビの部分のみ。あしからず。あと、江利子さまが何で可南子をネタにした替え歌を歌うんだ、とかいう突っ込みはナシの方向で。ギャグなんだから(ぉぃ)


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